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2023.04.06

【寄稿】これからのデューデリジェンス

【デューデリジェンス≒インテリジェンスであるべき時代】

 現在の「デューデリジェンス」という言葉の定義は、その人の立場や業界・職種によって様々なとらえ方があるが、M&A においては「買収対象企業の価値や潜在的なリスクを調査・評価すること」と解されることも多くなった。しかし、財務デューデリジェンスの実務では、未だに「バリュエーション(価値算定)のための作業」のみとなっているケースも往々にして見られる。もちろん、本来の「(リスクを顕在化させるための)適当な注意努力」という意味を否定するものではないが、買収対象企業から提供された一部の資料の精査のみでは、“ 適切な企業価値と潜在的なリスクの評価 ” は難しい。特に、今後は経済安全保障やビジネスと人権に絡むリスクのインパクトが大きくなることが想定され、M&A においてもこれら課題への対処を怠るわけにはいかない状況となっている。

 近時、経済安全保障においては日本政府主導による法制化への取り組みも見られ、今後は幅広い定義で “ 国益を損なう ”恐れがある商取引(特に軍事転用可能な製品を含めた先端技術や個人情報などの機微情報の国外移転に関係する取引、およびマネーロンダリングなどの犯罪やテロに関与してしまう取引など)には、経営の継続に重大な危機を及ぼす可能性がある。
 当社が実施した M&A のデューデリジェンスの事例では、「買収対象企業の中心的な事業に中国共産党幹部が深く関与している実態が把握されたケース」や、「買収対象企業の役員に北朝鮮への渡航歴や制裁対象の周辺者と交流があることが判明したケース」も存在する。
 また、企業のコーポレートアクションにおいても同様のリスクがあり、海外企業を割当先とする大規模な株式の希薄化が見込まれる第三者割当増資において「割当先候補の実質支配者が中国共産党元幹部で犯罪歴を有していたことが判明したケース」などもあることから、企業は広義のリスク認識が求められている。
 こういったケースでは、企業の判断によって契約を実行することはなかったため、問題が表面化することはなかった。しかし、当社のような会社が関与する M&A 事案は、あくまでも多数派ではないことから、適切なリスク対策を行わないまま事業活動を継続している企業も多く存在することが容易に想像される。

人権課題においても、国連の指導原則から、欧米を中心に各種法制化が進み、日本企業も対象となり得る英国・豪州の「現代奴隷法」、米国の「グローバル・マグニツキー人権問責法」(団体を含む外国個人に対して制裁を課す法律)や、「ウイグル強制労働防止法」のような法的措置の対象となるリスクの可能性、そのほか意図せず人権問題に関与してしまうことから発生する製品の不買運動など、レピュテーションリスクも重大な経営リスクとなっている。
 人権問題に関しては、新聞報道等でもリスクが顕在化しているケースが散見され、企業が危機管理対応を迫られる事例もあるが、一企業が二次・三次を含むすべてのサプライチェーンに対して 1 社ずつ丁寧なエンゲージメントを行うことは現実的に難しく、国内では人権デューデリジェンスへの適切な対応指針が定まっていないことの課題も大きい。

このように、企業が多角的にリスクを把握し、的確なマネジメントを実行しなくてはならない現代において、M&A では、対象企業の業種・業態・規模・風土・地域特性などを総合的に鑑みた実効性のあるデューデリジェンスを行う必要がある。
もちろん、リスクマネジメントに掛ける費用の価値観は各社それぞれあるが、基本的には事案の背景をよく理解した担当者もしくは専門家が、リスク・ベース・アプローチによる調査設計を行うことが望ましく、これまでよりリスク感度を一段高くした非財務(簿外)のデューデリジェンスの結果も経営判断に重要な要素となっている。
 なお、非財務(簿外)のデューデリジェンスでは、日本語のみの定量的な情報の収集と分析に留まらず、多言語による定性的な情報収集と多面的なリスク分析が重要であり、リスクが多様化している昨今の国際的な政治・経済の動向も鑑みると、“ 未来のリスクを先読みするインテリジェンス ” が求め
られる時代であることは明白である。
 そして、このインテリジェンスによって得られた情報の活用により、顕在化したリスクや潜在的なリスクが、自社にとって許容できる範囲のものであるか、または回避・転嫁・低減できるものかを判断し、ポスト・マージャ―・インテグレーション(PMI)において、リスクをコントロールするための的確な施策が求められる。


【インデリジェンスの正しい理解を】

 欧米諸国やイスラエルなどの国家情報機関が重要視されている国や地域では、“ 民間情報機関 ” とも言えるコンサルティングファームが多数存在する。これら企業や小規模の組織は、国家の元エージェントとして活躍した人材も多く、国際的な情報機関出身者同士のネットワークも豊富であり、OSINT
(Open Source Intelligence)だけではなく、HUMINT(HumanIntelligence)の能力も非常に高い。
 OSINT といえば、日本国内でも様々なビックデータに対する高度な解析技術は存在し、AI を活用した収益目的のマーケティングツールなどは多数存在する。しかし、リスク視点でのノウハウを有する技術や分析ツールは限られたものであり、そのほとんどがあまり知られていない。また、一般的に Open
Source といえば、インターネットを介して誰にでも情報は収集できるものと思われがちだが、インターネット上のフェイク情報過多でもある時代で、ファクトを読み取る能力を得るには相応の訓練や経験も必要である。さらに、様々な情報を整理して多面的に分析する実態把握能力には、Open Source
で得られる公的情報についても定性的な考察力が求められ、まだまだ高度に人的な知見を必要とするものである。
 そして、M&A などの重要な経営戦略における投資判断は、定量的な数値だけで決断できるものではなく、より定性的な情報も加味したリスク判断が求められる。このため、OSINTで得る情報の他にも HUMINT で得られる情報にも重大な価値がある。
 HUMINT については、国内ではマーケティングリサーチの手法で使われる統計的なコメント分析に置き換えられることもあり、実際にそのような手法が有効な場合もある。しかし、M&A のリスクマネジメントに重きを置いた場合、買収対象の業界関係者や有識者、そしてその対象をよく知る立場にある
人物らから角度の高い情報を集め、バイアスがかかった情報も的確に取捨選択し、より事実に近い情報を理解する感度(経験値)が重要になる。
 これらのインテリジェンス能力には、重大な紛争やリスクに直面して物事を考えなければならない経験を有した者には備わりやすいが、リスク感度の低い者はフェイクニュースを事実と捉えたり、Information(断片的な情報)のみで結論を導く傾向にあったりする。

 健全なコーポレートガバナンスの下、インテリジェンスにも先進的な取り組みを行う企業では、リスクを的確にマネジメントしながら事業を推進させ、大きな収益を上げている。
 日本企業にとって、このようなインテリジェンス能力が備わっていくことは、各種経営リスクへの対応のみならず、持続可能な経営を支える有効な “ 機能 ” となるはずである。

<古野啓介>
株式会社 JP リサーチ&コンサルティング代表取締役。
福岡県出身。
平成15年から社内不正の調査業務に携わる。
平成21年、JPリサーチ&コンサルティングを設立し代表取締役に就任。
近年はリスク管理・リスク対応の専門家として、日本経済新聞・産経新聞等のメディアに多数寄稿している。